「部落探訪」削除裁判・埼玉訴訟

①裁判経過
裁判支援の呼びかけ
支援する会結成チラシ 第1回口頭弁論チラシ

② 原告側の資料

原告池田三男さん意見陳述

23年12月6日訴状

解放同盟意見書

さいたま地方裁判所第2民事部 御中
意見書
部落解放同盟埼玉県連合会 執行委員長 片岡明幸
 部落解放同盟埼玉県連合会を代表して意見を述べます。とくに強調したい点を4点に絞って述べます。
1,被差別部落であることを暴露する「部落探訪」は、差別意識をかき立て、平穏な生活を脅かし、身元調査の材料として悪用される。

 まず第1点目は、被差別部落であることを暴露する「部落探訪」は、被差別部落に対する差別意識をかき立て、平穏な生活を脅かし、身元調査の材料として悪用されるということです。
 被告は、「部落探訪」と称して埼玉県内各地の被差別部落の家並みや個人の住宅、表札、墓地や墓誌名などを写真や動画で投稿しています。これについて被告は、「部落探訪」は単なる風景や街並みを撮影した写真や動画であり、差別だというのは部落解放同盟の言いがかりだと主張していますが、しかし、被告は、ここが「○○」という地名の被差別部落であるということをことさら強調しており、見るものに「この地域はほかのところとは違う地域」「普通の人とは違う恐い人たちが住んでいる地域」という差別意識をかき立て、誤った偏見を植え付けます。
 また、「部落探訪」は、掲載された地区に住んでいるものの平穏な生活を脅かします。それは東京高裁の判決が示すように、現に住んでいるものだけではなく、過去に住んでいた者やそこにルーツを持つ親戚にも及びます。「部落探訪」の公表によってルーツをもつものすべてが、いつか被差別部落の出身であることを暴かれて忌避・排除されるのではないかと不安感を抱き、おそれに怯え、平穏な生活を脅かされます。
 さらに「部落探訪」は、身元調査の材料として悪用されます。1975年に被差別部落の地名リストである「部落地名総鑑」が摘発されましたが、「地名総鑑」は結婚や就職の際の身元調査のために作成され、利用されてきました。法務省はこれを回収したうえで焼却処分しましたが、「部落探訪」もこの「地名総鑑」と同じように被差別部落の地名をさらす身元調査の材料として悪用されます。いや、むしろ画像や映像つきで「被差別部落」を公表している分、身元調査の材料としてはより具体的で悪質です。被告は、すでに353カ所(3月10日現在)をインターネットに掲載していますが、それは身元調査の材料を大規模かつ無制限にばらまいたに等しく、被差別部落に与える被害は計り知れません。

2「部落探訪」は、出版を差止められたことに対する被告の報復行為である。 2点目は、「部落探訪」の掲載は、出版やネット掲載を差し止めた東京地裁、東京高裁の判決、また法務省の「説示」などの行政指導に対する被告の報復行為であるということです。
 「全国部落調査・復刻版」及び「部落探訪」に対して東京法務局は2016年3月29日、被告を呼び出して「インターネット掲載は、不当な差別的取り扱いをすることを助長し、又は誘発する」としたうえで「直ちに中止しなさい」と「説示」をおこないましたが、一審被告はまったく無視しました。また、法務省は2018年12月27日、「インターネット上の同和地区に関する識別情報の適示の立件及び処理について」という依命通知を発出しました。この通知は被告の「全国部落調査」や「部落探訪」を念頭において出されたもので、「部落差別の歴史的本質を踏まえると、同和地区に関する識別情報の摘示は、目的の如何を問わず、それ自体が人権侵害のおそれが高い、すなわち違法性のあるもの」で、「原則として削除要請等の措置の対象とすべきものである」としています。しかし被告はこの通知もまったく無視して、挑戦的な態度を続けています。
 また東京地裁は「全国部落調査」裁判で2021年9月27日に「ウェブ サイトヘの掲載,書籍の出版,出版物への掲載,放送,映像化(いずれも一部を抽出しての掲載等を含む。)等の一切の方法による公表をしてはならない。」という判決を出しましたが、一審被告はまったく従おうとしていません。東京高裁が昨年6月28日により厳しく出版とインターネットへの掲載を差し止める判決を言い渡しましたが、これにも従おうとしていません。
このように一審被告は、判決や行政指導をことごとく無視したうえで執拗に「部落探訪」の掲載を続けていますが、これは裁判所の判決を無視する法治国家への挑戦です。
 そして問題は、「部落探訪」が、裁判所の判決によって「全国部落調査」を差し止められたことに対する彼の報復行為であるということです。被告は「部落探訪」100回目(2018年11月19日)の投稿で、仮処分で「全国部落調査」が出版できなくなったので、それに代わるものとして「部落探訪」の掲載を続けていることを自白しています。「部落探訪」は、裁判所の判決や法務省の行政指導に対する報復手段なのです。こんなことが許されるのでしょうか。
3,「部落探訪」は、社会的な批判に対する挑戦である。
 3点目は、「部落探訪」の掲載を継続させている被告の行為は、削除を求める社会的な批判に対する挑戦であるということです。
 この「部落探訪」に対して現在、全国各地で削除を求める動きが高まっています。埼玉では、被告によってこれまで13市の19地区が「部落探訪」に曝されました。これに対して地方自治体がつくっている7つの協議会(北足立郡市町同和対策推進協議会、埼葛郡市人権施策推進協議会、北埼玉地区同和対策協議会、入間郡市同和対策協議会、比企郡市人権政策協議会、秩父郡市同和対策推進協議会及び大里郡市同和対策協議会=計53市町村)が削除を求めてさいたま法務局やその支局に要請書を提出しました。このうち個人原告がいる大里郡市同和対策協議会は、掲載された2019年から毎年、さいたま地方法務局長に対して、同記事の削除を要請しています。他の6つの協議会も同様に毎年削除要請を行っています。
 また2023年に入ってからは、掲載された13市のうち11市の市長・副市長がさいたま地方法務局ないし同支局に直接赴き、「部落探訪」の削除要請を行っています。2023年6月15日には狭山市長、入間市長及び日高市長、同月28日には川越市長、坂戸市長及び鶴ヶ島市長、同月29日には志木市長、同年7月26日には加須市長、同年8月3日には熊谷市長、同月22日には白岡市長、同年10月12日には川口副市長が、さいたま地方法務局長に対して、市内の地域が「部落探訪」に掲載されていることを伝え、すみやかに削除要請するように要請文を手渡しています。いずれの市長も、被告の「部落探訪」によって市民の基本的人権が侵害され、また差別が助長されるという強い怒りを込めて削除を求めています。
 ところで埼玉県では、2022年7月7日に、埼玉県議会が「埼玉県部落差別の解消の推進に関する条例」を可決しました。同条例は、第3条で、①図書、地図その他の資料の公表又は流布、②インターネットの利用による情報の提供、③結婚または就職に関しての身元の調査、④土地建物等を取引の対象から除外するための調査、⑤その他の行為により、部落差別を行うことを禁じましたが、この県条例が制定されたのは、被告の「部落探訪」が契機になっています。すなわち「部落探訪」を見た多くの県会議員のあいだに「こんなひどい行為は放置できない」という声が沸きあがり、条例制定につながったのです。
 いっぽう2022年11月30日には、動画投稿サイトYouTubeを運営するGoogle社が、被告が運営するYouTubeチャンネル「神奈川県人権啓発センター」に投稿されていた170本余りの動画を削除しました。Google社は動画を削除した理由について、「ヘイトスピーチなどから利用者を守るガイドラインに違反しているため」と説明しています。
 以上のように、現在さまざまな分野で「部落探訪」の削除を求める動きが出ていますが、被告はこれらの声をまったく無視し、「部落探訪」の投稿を続けています。「部落探訪」は明らかに削除を求める世論への挑戦にほかなりません。
4,部落解放同盟埼玉県連は被害者の代弁者として権利を行使するができる

 4点目は、「部落探訪」によって被害を被っている会員や被差別部落住民の権利を守るために、部落解放同盟が代弁者として権利を行使することを認めるべきだと考えます。
 「全国部落調査・復刻版」裁判では、東京地裁と東京高裁は団体としての部落解放同盟の権利侵害を認めませんでしたが、今回、私たち部落解放同盟埼玉県連は、団体として原告になりました。その理由は二つあります。
(1)部落解放同盟の目的と役割
 ひとつは、部落解放同盟埼玉県連は被差別部落住民の権利を守ることを目的に結成された団体で、今回、「部落探訪」によって埼玉県内の広範囲にわたって会員や被差別部落の住民が人権侵害を被っている事態に直面して、部落解放同盟埼玉県連には被害を受けているものの代弁者として権利を行使することができると考えます。
 私たち部落解放同盟埼玉県連は、埼玉県内の被差別部落民をもって構成する大衆団体ですが、その構成員(会員)の権利利益を守ることを目的にして活動してきました。ところが現在、被告の「部落探訪」によって県内各地の地域が被差別部落であることを暴露され、それによって会員や地域の住民は平穏な生活を脅かされ、不安に脅えています。その恐れや不安は原告になった特定の個人だけではなく、暴露された地区すべての住民に及びます。
 埼玉では被告によって13市で19地区が曝されましたが、13市のうち8市(熊谷市、狭山市、加須市、川越市、深谷市、白岡市、本庄市、坂戸市)には部落解放同盟の支部があり、また支部はないけれど鶴ヶ島市には会員がいます。この関係地区の住民はいつか被差別部落の出身であることを暴かれて忌避・排除されるのではないかと不安感を抱き、おそれに怯え、平穏な生活を脅かされています。いっぽう、部落解放同盟埼玉県連合会は会員及び被差別部落の住民の権利を守ることを目的にして結成され、戦前から今日まで一世紀にわたって活動を続けてきました。部落解放同盟のこの目的や役割から考えれば、部落解放同盟埼玉県連には、被害を受けているものの代弁者として権利を行使することが認められるべきだと考えます。

 個人のリスクを最小限にするために団体が原告になる二つ目の理由は、部落差別の実態を考えると、個人が原告になるのはあまりにもリスクや負担が大きすぎるため、被害者の代弁者として訴えることが認められるべきだと考えるからです。
 今回、13市19地区のうち個人原告になったのは熊谷市中条支部の支部長だけです。本来であれば「部落探訪」で暴露されたすべての地区の被害者が原告として加わり、「部落探訪」の削除等を求めるのが筋ですが、そこには部落差別にかかわる大きな障壁が存在しています。その一つは、被告によるさらなるの暴露への警戒です。被告はこれまでも裁判所の決定を無視して戸籍を含んだ裁判資料のすべてをネットに暴露してきました。そのためにほとんどの被害者はさらなる暴露を危惧し、原告になることを躊躇しています。
 もう一つは、原告になることで家族や親族が被差別部落の関係者だということが知れ、将来差別を受けるかもしれない危険への警戒です。「部落探訪」による暴露に対しては、どの地区でも強い怒りが沸き起こりました。しかし、どの人にも子どもや孫、親戚縁者がおり、大半の家族や親族は、被差別部落を出てさいたま市や東京や横浜などに住んでいます。ところが裁判の原告になれば,なにかの拍子にそれが結婚相手や会社に伝わらないとも限りません。それによって、これらの親族が将来、被差別部落出身者だと知られることになり、結婚や就職で不利な扱いや差別を受けることが心配されます。このためどの人も原告になることを躊躇しています。原告になることで、将来、子どもや孫、あるいは親戚縁者が被差別部落出身であることを暴かれ、差別されることを恐れているのです。この声をあげられない同盟員や住民の代弁者として、私たち部落解放同盟が原告になりました。
 以上、申し上げましたが、「部落探訪」によって被害を被っている会員や被差別部落住民の権利を守るために、部落解放同盟が代弁者として権利を行使することを認めるべきだと考えます。